むかしむかし、あるところにアリ(一浪で旧帝大工学部)とキリギリス(内部進学で慶應経済)がいました【タワマン文学】
むかしむかし、あるところにアリとキリギリスがいました。両親とも教師の家に生まれたアリは地方公立高から一浪の末、旧帝大工学部へ進学。第一勧銀で働く父と短大卒で専業主婦の母の下に生まれたキリギリスは武蔵中原駅徒歩8分の3LDKのマンションで暮らし、塾高から内部進学で慶應経済に進みました。
— 窓際三等兵@息が詰まるようなこの場所で (@nekogal21) October 30, 2022
アリは真面目でした。大学に入学してからも酒や色に溺れることなくコツコツと努力を積み重ね、大学院では量子エネルギー工学を専攻。資源がない我が国の基幹電源である原子力発電を通じ、日本という国に貢献しようと考えたのです。東京電力への就職が決まった時、地元の両親も祖父母も大喜びでした。
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キリギリスは広研に入り、海の家やミスコンに全力投球です。勉強なんて塾高に入った時点で捨ててます。試験は毎回一夜漬け。内部生ネットワークで過去問とシケタイをかき集め、時にはカンニングも駆使し乗り切りました。就活では電博もキー局も駄目でしたが、サイバーエージェントに引っ掛かりました。
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就職してからもアリは頑張りました。会議の議事録をとり、稟議を回し、飲み会では名ばかり管理職オジサンの愚痴や武勇伝を聞いてあげました。業務の傍ら、休日に開かれる労働組合のソフトボール大会にも皆勤賞です。日本を代表する大企業の歯車として、求められた役割を果たそうと努力を重ねました。
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一方、就職したキリギリスを待っていたのは激務と色欲の日々です。2駅ルールで借りた三軒茶屋徒歩6分の1Kマンションには常に女の残り香が漂ってました。深夜まで働き、金曜は合コン。仕事にも遊びにも全力投球。キリギリスはキリギリスで、慶應卒のサイバー社員に求められる役割を忠実にこなしました。
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順風満帆だったアリの人生でしたが、あの地震が全てを変えました。未曾有の事態を前に、日本国民は、マスコミは、そして日本政府はパニック状態に陥りました。製造業大国日本を、そして東京の夜景を支えてきた原子力の焔は忌むべきものとされ、アリ達は抗弁の機会も与えられず石を投げ続けられました。
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会社が、いや電力産業そのものが針のむしろに置かれる中、同僚達は一人、また一人と職場を去っていきました。まだ若かったアリにも転職エージェントから声はかかっていました。それでも、この国の電力を支えなければという使命感で、アリは会社に残りました。故郷の親にも理解されない、孤独な道です。
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同時期、キリギリスの人生も激変しました。クラブで意気投合したアパレル店員のリナちゃんが妊娠したのです。悲しいかな、男子校出身で私文のキリギリスは安全日という言葉の意味すら理解していませんでした。流されるままアニヴェルセル豊洲で結婚式を挙げ、震災で割安な湾岸タワマンを購入しました。
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退屈で安定した、刺激のない日々。ウンチのついたオムツを交換しながら、睡眠不足の妻に怒られながら、キリギリスは自分の青春時代が終わったことに気付きました。でも、ミルクの匂いが漂うリビングで、くるくる回転するメリーでキャッキャと笑う赤ちゃんを眺めているのも不思議と悪くない気分です。
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アリの日常は激変しました。電源の安定供給という使命、そして終わることのない贖罪。もう技術者として研究室にこもっている訳にはいかないと、アリは自ら手を上げ、総務系の部門に移動しました。技術が分かる若い自分が動かねば、この国の原子力産業は終わる。その背中には悲壮感すら漂っていました。
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一方、守るべきものが出来たキリギリスも新たな壁に直面していました。パソコンからスマホへの移行、米国発プラットフォーマーの肥大化、直感からデータ重視への変遷。これまでノリと長時間労働だけで戦ってきたキリギリスは、激変期を迎えたネット広告の時代の潮流から取り残されてしまったのです。
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同期や後輩が自分を置いて出世していくのに耐えられなくなったキリギリスは、逃げるように転職を繰り返しました。プロデューサー、プランナー、プロダクトマネージャー。肩書きも名刺もコロコロ変わり、気がつけば何の専門性もない、器用貧乏なアラフォーネット広告マンが出来上がっていました。
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「子育てを考え、新潟に引っ越しました。広告業界で培った知見を活かし、これからは地方創生に取り組んでいきます!」キリギリスのFacebookへの投稿。このままでは埒があかないと、タワマン売却益を種銭に勝負に出たのです。全国にあまねく存在する、公金にたかる地方創生コンサル誕生の瞬間です。
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神奈川出身のキリギリスに新潟や地方創生に対する思い入れがある訳がありません。たまたま妻の実家が新潟で、親戚に有力県議員がいるという所に目をつけただけです。しかし、ネットに強いという触れ込みが上手く効き、2人の子供を抱えた移住は彼の自尊心を満たす程度のささやかな成功を収めました。
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その頃、10年以上にわたり逆風下にあった原子力産業はウクライナ情勢を機に激変しました。アリは柏崎市役所の職員と結婚し、柏崎に骨を埋める覚悟で汗をかいています。メディアをはじめ、アリたちに対し心無い言葉をかける人は少なくないですが、愚直なアリの行動と情熱を嗤う人間は、周囲にいません。
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「再稼働に向けて地元の理解を得るためには、地方創生だけでなくPRの観点をもっと入れていきましょう。お手伝いさせてください」。とある会合で、アリに名刺を渡してきたキリギリス。アリは少し胡散臭いなと思いましたが、意外や意外、同年齢で子供の歳も近いこともあり、すっかり意気投合しました。
— 窓際三等兵@息が詰まるようなこの場所で (@nekogal21) October 30, 2022
原発マネーのおこぼれにあずかろうとアリに近づいたキリギリスでしたが、移住から時が経ち、いつしか本気で新潟に貢献したいと考えるようになっていました。アリの愚直な姿勢も、キリギリスを変えた一因です。エネルギー不足は今後も続きます。国難を前に、2人の男の情熱は熱く燃え盛っています。(完
— 窓際三等兵@息が詰まるようなこの場所で (@nekogal21) October 30, 2022
●投稿者の窓際三等兵こと外山薫さんの著書はこちら