「人は泣きすぎると視界がぼやけて歩けなくなることを知った」僕と管理人のおばあちゃんとの思い出話が心に響く
高校生3年生の夏のある日、実家のマンションの窓の外で汗だくになりながら掃除する管理人のおばあちゃんがいた。部活を引退してクーラーの効いた部屋で涼んでた僕は麦茶に氷を入れ、慣れないおぼんにのせて玄関先を掃除してくれていたおばあちゃんのもとに冷たい麦茶を届けた。その行動に強く(続く)
— フジイセイヤ (@seiyafujii) August 27, 2022
関心してくれてそれからよく立ち話をするようになった。この時から人生の先輩と会話をすることが好きだった気がする。管理人のおばあちゃんは自分の家から週に2〜3回マンションの掃除のためにバスを乗り継いで通ってくれていた。進路が決まったよ、大学に入学したよと日々の自分の生活を共有して(続く)
— フジイセイヤ (@seiyafujii) August 27, 2022
いつも楽しそうに自分の孫のことのように聞いてくれていた。それから4年が経って社会人になるとき上京が決まった。ずっと九州にいた僕にとって初めて親元を離れる気持ちがわいた。お世話になった人に飛行機に乗る当日まで挨拶回りに行った。最後にマンションを出るとき管理人のおばあちゃんが(続く)
— フジイセイヤ (@seiyafujii) August 27, 2022
いつものように掃除をしていたから「今日、東京に行ってそれでそのまま東京に住みます。今までありがとうございました」と伝えると慌てて管理人室に入り戻ってくると「今日は小銭しかもってなくて、ごめんねえ」とバスを乗り継いでくるために使うお財布を全部ひっくり返して僕の(続く)
— フジイセイヤ (@seiyafujii) August 27, 2022
僕の手に握りしめてくれた。多分1000円くらいだっただろうか、多分帰りの分も考えず全部、嬉しくてなにかしてあげたいという気持ちが伝わってきて自分はずっと泣いていた。「夏の暑い日に麦茶をくれたことはずっと忘れないよ」と。東京についたその日は目が霞んで前が見えず、人は泣きすぎると(続く)
— フジイセイヤ (@seiyafujii) August 27, 2022
視界がぼやけてひとりで歩けなくなることを知った。あれから10年、おととい実家から連絡があって管理人だったおばあちゃんが亡くなったと知らせが届いた。自分が生きて、生活している中でずっと忘れることなくときに思い出すくらい大切になる人はそう簡単にはできないと思う。(続く)
— フジイセイヤ (@seiyafujii) August 27, 2022
なんとなく、記録として残しておきます。そういう場所なのかなと。ご冥福をお祈りします。ありがとうございました。
— フジイセイヤ (@seiyafujii) August 27, 2022
ネットの声
ご自身の大切な人生の軌跡をここで語って頂きありがとうございます。ずっと会っていなくても大切な人って居ますよね。心がちゃんと繋がっていればそれで全てOKな気がします
— sai (@miccyo314) August 28, 2022
突然すみません<(_ _)>最後まで読ませて頂きました。
私も学生の頃、マンションに住んでて掃除のおばちゃんとよく話をしてました。感動するような話はないけど、色々話した記憶があります。— 現実逃避大好き (@IMUSIC3150) August 28, 2022
私の母もアパートの管理人をしていました。
お世話好きな明るい 自慢の母でした。
母が亡くなって 何年もたってから友人から お知り合いの男性から故郷から出てきて 入ったアパートの管理人のおばちゃんの事が忘れられないと とても親切で良いおばちゃんだっと— kita (@kita46858017) August 29, 2022
おばあちゃんにとってもそんな存在なんだろうなぁと思うと心の繋がりはどんな時代でもご時世であっても何者にも変え難い財産だと思います
私も誰かのそんな存在になりたいなぁ— ハンジさん21卒 (@hiroin60753901) August 29, 2022
きっと管理人さんも、あなたのことを気にかけながら生活されていたと思いますよ。
麦茶が嬉しかったんでしょうね。
優しい話をありがとうございました。— さと (@stst0427) August 28, 2022
おばあさんも何度もフジイセイヤさんのことを、あったかい気持ちで思い出されていたと思います。
思い出をシェアして頂き、ありがとう😊
— にっこり~˙( ・ᴗ・ ) (@3456Ko) August 28, 2022